川上伸
川上氏の陶芸を通して日本文化の大切さを知る。

縄文の遺跡が数多く残る岐阜県飛騨地方。陶芸家である川上伸氏は、自然豊かなその土地で生まれ育った。そんな恵まれた環境のなかで、“陶芸”という分野に惹かれていったのは当然のことだったのかもしれない。川上氏の作る作品は、力強い“想い”が詰まった重厚感が感じられる。

一度は社会に出て、がむしゃらに社会人生活を送った。けれど、心の奥には創造意欲が静かに燻っていた。そんななか、転機となったのは29歳の時だった。それは、陶芸家である鈴木五郎氏との出会いだ。衝撃的だった。まるで中毒者になったかのように、鈴木氏の才能に傾倒した、ただただ理屈ではなく、創作への熱い想いが溢れ出た。「私ももっとこの道を進みたい」。より強く想った。そうしてついに独り立ちし、現在に至るまで陶芸の道を歩み続けている。

「創作にとって大切なのは、何よりも“感性”である」と、川上氏は考える。「ただ“感性”と、言葉にすることは簡単だ。けれども、実際に感性を得るまでにはとても長い時間を必要とする。どう形にして、どう表現するか。それは制作するよりも、考えている時間の方がずっと長い。そして考える時間がないと、出来上がらない」。そうして試行錯誤の末に出来上がった作品を、気に入ってくれた人が使ってくれる。どう使うかはその人の自由。「過去に、高価な抹茶茶碗をご飯茶碗に使っている人がいました。またそれも一つの感性であり、とても面白みがありますね」。

川上氏が主に作っているのは、茶道具である茶碗を始め水指、茶入れなどだ。茶道に出会ったことがきっかけで、茶道具を作りたいと思った。茶道は“おもてなしの心”を基本とする。その空間には茶碗を始め茶杓など、掛け軸、茶室に至るまで大勢の人々が心を込めて手がけた作品がそこにある。「今の世の中は、物を大切にすることが少なくなってきたが、その器の価値や歴史、生い立ちを理解すると “モノ”を大切にできます。その心が、思いやる心を生むのだと思います」。中学生へ美術の教鞭をとったとき、日本文化の重要さを強く感じたという。川上氏が作る作品にとても力強い魅力が感じられる理由は、日本の伝統と日本的な美意識を大切にする信念が込められているからではないだろうか。